エッセイ 愛犬物語〜いっしょに歩こう
このエッセーは平成17年に書いたもので原稿用紙6枚のものであったが、この度フランス在住の、辻仁成さんの Design Stories主宰「地球カレッジ」の文章教室に課題送付した。
1500字以内ということだったので、中略の部分はカットしたところ。
愛犬ルーシーは令和元年12月に虹の橋へと渡った。
このエッセーを提出することにより、懐かしく思い出すことができた。
ルーシーはメスのパピヨンで今四歳。大きな耳と、ふさふさした飾り毛でシルクのような毛並み。ほっそりした四肢で、見た目にはエレガントで繊細。でもそんな印象とは反対に社交的で丈夫な犬である。
(中略)
「神奈川県のブリーダーさんの所で自信を持ってお届け出来るパピヨンの仔犬が産まれましたよ」血統もよく、人懐っこく、毛ぶきもよく、美人になると言う。ホームページには出していないらしく、ブリーダーさんが交配のために養子には出したくなかった犬だったが、遠い香川に行くのだから手放してもいい。次に期待して出す。といい出したのだ。あらかじめ犬の顔写真を見せてもらった。何がどうなって、その様な犬が来るようになったのか。「お宅を信用して夢を買うことにするよ。ひきとりたい・・・」夫はそう言った。産まれて五〇日でルーシーは嫁に来るように綺麗にされて我家に来た。六五〇グラムの仔犬だった。それまでの生活は私の知らないルーシーの世界。ルーシーにとっても私の過去など何も知らないのだ。ルーシーは無邪気にしっぽを振り、部屋中を歩き回り、あらゆる匂いを嗅ぎ、長旅に疲れたのか私の膝の上で眠った。「ここがルーシーのおうちよ。おまえの人生が私の何分の一しかないのなら、出来るだけそばにいてあげようね」
こうしてルーシーとの生活が始まったのだが、人間と犬が家の中で暮らすという事は大変だった。ケモノとの生活なのだ。犬は狼の化身で、前足の爪が狼の爪を入れて五本。後ろ足は四本ある。噛むのが大好き。靴下などはほんの数分でボロボロに穴をあけられる。トイレの躾。私の姿が見えなくなるとキャンキャン鳴き出し、風呂に入っている間もずっと鳴かれた。ゆっくり入ってもいられない。時にはフライパンの底をドカーンと叩くと怯えてやめた。ルーシーのエネルギーは無尽蔵で、毎日が根比べ、闘いだった。でも初めて、遠い場所からでも自分のトイレのある所に走って行き、用を足した時は感激したし、素直で愛らしかった。私がいないと生きてゆけないのだ。「ルーシーと二人で、無人島でも暮らせるかなあ。アイラブユー」私はこの犬に惚れこんでしまった。ルーシーをぎゅっと抱き、顔中にキスをした。「いい子でおやすみ
」
(中略)
私はルーシーと音楽が聴きたいと思った。ピアノ曲は慣れっこで、心地良いらしく、ピアノの音には反射的に静かになり、やがて眠ってしまう。今夜はFMのスイッチを入れた。ゲージの横にあるスタンドの明り一つが、やわらかく天井を照らしている。ラジオから菅原洋一の声が流れて来た。「わすれなぐさをあなたに」情感がたっぷり込められた歌い回しで、しばし聞き入る。「もし、パパと一緒になっていなかったら、ルーシーとも出会っていなかったんだよ。でもママは今度生まれ変わるなら、キャリアウーマンやな。恋に生き、愛に生き、そんな人生もあるかもね・・・」ウイスキーグラスの氷をカラカラ鳴らすと、ルーシーは耳をピクピクさせ、ルーシーはルーシーの世界にひたっている。
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